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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)79号 決定

抗告人 福神和三

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、抗告理由、別紙記載のとおり。

二、当裁判所の判断。

本件仮処分の点検執行(債務者の家屋使用禁止、出入口の釘付封印等)は、仮処分債権者福神和三(抗告人)が、土地所有権に基き、地上に在る仮処分債務者翁維郷所有家屋の収去、土地の明渡を求める請求権を保全するため、右建物に対する債務者の占有を解き執行吏の保管に付するとともに執行吏は現状不変更を条件として債務者に使用を許さなければならない旨の仮処分決定を得て、その執行中、債務者において現状不変更の条件に違反したことを理由になされたものであること記録上明らかなところ(異議申立書、上申書、仮処分執行調書)、右のような仮処分の条項は、建物収去請求の執行保全のため、本執行に至るまでの間占有関係の不変更、現状の不変更を図るためになされるもので、債務者による使用の禁止それ自体を目的とするものではないのが通常であるから、債務者において現状不変更の条件に違背した場合においても、単にそれだけの理由で直ちに執行吏に他の別段の債務名義を要せず実力を以て債務者の現実の占有使用を排除し建物を執行吏に明渡すことを強制できる権能を与えたものと解することはできない。むしろ右条項の趣旨はかような条件違背に備え債務者に対し現状変更禁止の不作為義務を課する趣旨を包含し、もし債務者においてこの不作為義務に違反した場合にはおいてその程度が仮処分をなす目的を害し執行吏の権限行使の通常の方法によつては復原困難な程度に達したときは民法第四百十四条第三項民事訴訟法第七百三十三条第一項による授権決定に基く執行の方法により必要な措置を執らせる趣旨と解すべきである。本件において債務者の建物補修及び造作改造工事が仮に抗告人主張のように前記仮処分に定めた現状変更禁止の条項違背に当るものと仮定しても、これに対し執行吏が直ちに債務者の右建物に対する占有使用を排除してその出入口を釘付封印したことはその権限行使の通常の範囲を超えるものであつて、執行の方法を誤つたものといわなければならない。抗告人主張のようにそれが建物の一部についてなされたに過ぎず建物の他の一部の占有使用は排除していないものとしても結論を異にするものではない。従つてこれに対する債務者の異議を認容した原決定は相当であり、本件抗告理由は採用することができない。その他記録を精査しても原決定には違法な点がないから、本件抗告を棄却すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 賀集唱)

抗告の理由

一、原決定は「執行吏としては申立人(相手方)が本件建物の改造工事によりつくり出した状態を、独自の権限乃至別個の債務名義に基いて、排除復元し建物の現状を強制執行の可能となるまで維持しておけば十分であつて、前記のように本件建物に対する申立人の占有を全く排除してその使用を禁じ自己の直接占有に移すことは許されないと考えるから、申立人の前記改造工事が仮処分によつて命ぜられた現状不変更条件に反するかどうかの点について判断するまでもなく」との理由で、執行吏の本件執行々為を違法行為と断じている。然し本件執行々為の基本となつている東京地方裁判所昭和三一年(ヨ)第三、二〇三号仮処分申請事件の仮処分決定の内容は、該決定主文に明記されているように「本件建物に対する債務者(相手方)の占有を解き債権者(抗告人)の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命じ、執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない」という命令であつて、債務者に使用を許すのは現状を変更しないことが条件になつている、されば債務者において右の条件に反し現状を変更するが如きことあるときは、即ち執行吏は、命令に基く条件に違反するものとして命令本然の権限に基き、債務者の占有を排除して自己の直接占有に移すことは、命令の本旨に従い、保管者として蓋し当然の措置といわざるを得ず、右は仮処分決定の主文の文理よりして寔に明白である。然らば原決定は先ず、債務者の本件行為が現状を変更するものなるや否やを判断して決せざるべからず、然るに原決定が「現状不変更条件に反するかどうかの点について判断するまでもなく」といつて、この基本問題を判断しないことは、一に命令の本旨を理解せず、これを無視して独自の見解の下に本件執行々為を批難した違法な解釈と断ずべきである、この点に干し、抗告審は十分なる御判断ありたし、なお本件債務者の行為が現状変更となることは執行吏の認定により明白であり、だからこそ執行吏は命令本旨の実施をしたのであることを付言する、

二、実際問題として、若し、原決定のいうように、目的物件の現状変更がなされた場合、執行吏は単に現状変更行為によつて、つくり出された状態を排除復元し得るに止まるとするならば、執行吏はどのようにして右変更された状態を排除復元せよというのであろうか、執行吏としては先ず現実になされつゝある現状変更行為を中止せしめ又は執行吏の排除復元行為に対する妨害を排除するために債務者の占有を排除して、執行吏の直接占有に移すことは、絶対に必要欠くべからざることではないか、然る後にはじめて、現状変更行為によつてつくり出された状態を排除復元することができるのであつて、執行吏の直接占有を伴はない現状変更行為によつてつくり出された状態の排除復元などということは、絶対に考えられないことである。

また、債務者の現状変更行為にもかゝわらず、執行吏は、なお債務者に使用を許さなければならないとすると、債務者は何回でも、資力の続くかぎり現状変更行為をするであろうし、かくては、仮処分の効力はいちぢるしく減殺され、一体何がために仮処分をなされたのか一向判らなくなる、かくて目的物件の現状を本案判決の執行時まで保全しておこうとする仮処分制度の趣旨は、完全に奪はれてしまうことになる、原決定の如き解釈は、仮処分制度の趣旨からするも、また仮処分執行の実務より考えても、到底許されない違法な解釈である、

三、第三において現状変更という重大な事実干係を主張する、

先ず

相手方が本件建物の現状を変更し、仮処分命令に違反した事実については、昭和三六年十一月八日付、上申書記載の通りである

原決定は「本件改造工事は相手方が芝保健所並に芝消防署よりの注意に基いてやむを得ずなしたものである」旨認定しているが、事実は然らずして第三者工藤正衛(或いは正枝か)に賃貸し同人が真実改造していたものである、前記上申書第二項記載の如く、相手方が仮処分をうけた建物は原決定添付図面中、〈11〉イ〈11〉ロ〈11〉ハ〈11〉ニ〈12〉(本件建物部分は右の内〈11〉ロの部分)の部分であるが、仮処分執行当時は、右建物は全部相互に自由に出入できる一つの建物であつて「若松」と称する飲食店の営業に使はれていたのである、然るに相手方は、不法にも仮処分後に右の内〈11〉イ〈11〉ハ〈12〉の部分をそれぞれ独立の店舗に改造し、第三者に莫大な権利金をとつて賃貸してしまつたのである、

もとより右は仮処分違反として占有排除使用禁止の処分をなし得る理であるが、今までは相手方は第三者と通謀して営業名義を相手方名義でしているため、抗告人としては右仮処分違反事実を前にして、どうすることもできずにいた次第である、相手方はそれをよいことに、今回残る本件建物部分を第三者である工藤正衛(或は正枝か)に権利金六、七百万円をとつて賃貸し、若松名義なるもその実は右工藤が独立店舗に改造し本件建物部分をカウンター式洋風酒場に改造中を、抗告人に発見されるに至りこの処分をうけたのが真相である、

即ちこの事実は本件排除処分手続後なる昭和三十七年一月十二日、債務者より本件建物部分の転借を受けたりと称する工藤正衛(マサエの発音に従つたので或は正枝かも知れない)なる者の代理人として弁護士野島豊志が債権者代理人方え来り、実は転借をうけ改造中禁止処分をうけ困つている事実、実は六、七百万円近くの被害をうけおる故損害のとれるようにしてくれ、黙認して使用さしてくれ、なお債務者は建物の各部を和かまつ、新和かまつ、栄楽、若松、海楽の各名義で権利金をとり転貸して飲食店をさせている事実を告白したのでその転貸の事実を知つたのである、右の事実によるときは明白に転貸即ち現状の変更をしているのであるから仮処分命令本然の趣旨に基き本件処分の実施は当然すぎる程当然である、この点についても抗告審で十分なる審理を求める、

なお原決定は「執行吏は本件建物に対する申立人の占有を全く排除して、その使用を禁止した」というがそのような事実はない、

前段に述べた如く、相手方が本件仮処分決定により執行吏より、その使用を許されている建物は、前記図面中〈11〉イ〈11〉ロ〈11〉ハ〈11〉ニ〈12〉の部分全部であるが本件執行々為により、その使用を禁止されたのは右の内〈11〉ロの部分中の階下の一部に止まる、

即ち、相手方が現状変更行為をした右建物部分(〈11〉ロ)中の階下の内、相手方が改造工事を強行した土間の部分と二階に通ずる階段の部分だけであつて、階下裏側の部分並に二階の部分は、裏側より自由に出入でき、従つて尚相手方の使用に許されているのである、本件執行々為は相手方の不法な現状変更行為の続行を差止めるために、やむを得ない必要最小限度の強制力の行使である、

然るに、あたかも保健所乃至消防署の注意により相手方がやむを得ずした改造工事を執行吏が現状変更の名の下に本件建物全部に対する相手方の占有を排除した如く事実認定をなし、右あやまつた事実を前提として本件執行々為を違法と判断した原決定は右の点からも違法な決定というべきである。

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